去る6月4日、韓国で行われた地方選挙で、ソウル市の現職市長、朴元淳(パク・ウォンスン)氏が見事に再選されました。
知る人は良く知っている、けれども大半の人は知らないニュースだと思います。
「隣の国の、それも首都とはいえ市長選がどないやねん? 今集団的自衛権で忙しいねん!!」
はい、わたしも集団的自衛権だの安倍打倒だの、さらには7/6の秘密保護法反対の大集会のことだので頭がいっぱい。
お隣の国のことを気にかけている余裕は正直ないのですが、しかし!! ついつい眉間にしわを寄せてヒステリックに抗議の叫びをあげたくなる今だからこそ、このソウル市長のことを多くの人に知ってほしいです。
自民党はあかん、安倍は何が何でも打倒だ! それは絶対に揺らぐことのない確信だけれど、さてその次に来るものは? 先日もフェイスブックで質問されました。安倍打倒はいいけれど、安倍首相がいなくなったあとは、ではどうなるの?
正直、展望があるわけではないです。新しい政治の形、新しい国の形が、その萌芽すら見えない。それが日本の病根の根深いところなのです。それが少しでも見えていたら、きっと多くの国民は安倍内閣など支持しない。今の政治に代わるものの形が見えないから、仕方なく支持しているという人がたくさんいると思います。
で、話を戻します。朴元淳ソウル市長。国政ではなく、地方自治体の長ですが、地方だからこそきめ細かいところに目配りしてできることがたくさんある。それを見事にやってのけたのがこの朴元淳なのです。
橋下市長と同じような支持のされ方(表面的には)をして同じような時期に出てきた朴元淳市長。しかし、実際にやっていることは橋下市長と真逆。
朴元淳ソウル市長がどんな市制を行ってきたか?
4月22日に行われた講演会↓の書き起こしより引用します。
韓国政治<激動の現在>を紐解く
― 朴元淳ソウル市政の二年半 ―
講師:金光男さん(在日韓国研究所代表)
そして明日(ぎりぎりですみません)、同じ金光男さんの講演会がエルおおさかであります。(詳しくはブログ記事下に記載します。)下記の書き起こしを読んで興味を持った人はぜひ講演会にお越しください。
●6月24日(火) 午後6時30分~ エルおおさか7階701会議室
日韓交流ステップアップ講座 第3回
6.4地方選挙後の韓国政治―新自由主義とリベラルのたたかい
講師:金光男さん(在日韓国研究所代表)
では、4月22日の講演会より。
長いけど、ぜひぜひ読んでください。4月の講演会に来てくださったみなさん、終わったころには目がキラキラ。こういうことができるんだと、本当に元気になります!
◆4月22日(火) 於 エルおおさか 午後6時30分~
韓国政治<激動の現在>を紐解く
― 朴元淳ソウル市政の二年半 ―
講師:金光男さん(在日韓国研究所代表)
<講演録>
前置き
現在、韓国全体が一種のトラウマ状態になっています。旅客船セウォル号の沈没は韓国海難事故史上、最悪の事故です。テレビでは現場レポートと背景分析の番組以外は自粛され、歌好きの韓国人がカラオケに行くのも我慢しています。修学旅行生が事故に会い、行方不明者が多数いるなか、韓国全体が沈痛な雰囲気になっています。この事態をご理解いただいたうえで、本日はソウル市政の報告したいと思います。
橋下市長と真逆! 革新ソウル市長
わたしは朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長当選以来、ソウル市政を2年半ベンチマーキングしてきました。理由の一つは大阪の橋下市長と共通する背景があったからです。ソウル市長選挙は2011年10月26日、大阪市長選挙は同年の11月27日に実施されています。2人とも弁護士で、既存政党に対して不信感や無力感を抱く有権者が投票した点も同じです。しかし、当選後は180度違う方向に舵を切っています。
橋下市長は当選するや否や労働組合弾圧に手をかけました。当選の翌月には6労組に市庁舎からの退去を求め、現業公務員の非公務員化を進めました。4月になると、ごみ収集・焼却、下水道、港湾3事業の現業職員、約3400人の非公務員化案を発表しました。
朴元淳市長は当選してすぐに円満な労使関係の構築を進めました。まず、労働補佐官の職を新設して、元民主労総政策局長を抜擢しました。そして、ソウル市の公務員労組に対して、法内労組と法外労組の両方に事務室を提供しました。法外労組とは公務員労組特別法で認定されていない労組のことです。市公務員の最大労組である全公労ソウル特別市労組(KGEU加盟)は韓国雇用労働部から四度認定を拒否されているため、中央政府の行政安全部は事務室提供は違法行為だと圧力をかけました。しかし、うまく法の隙間をついて事務室を提供しました。それから、前市長時代に解雇者が発生したソウル地下鉄労組の労働者の復職についても合意しました。橋下市長とはまったく違います。
朴市長の人柄をあらわすエピソードがあります。当選翌日の登庁日の明け方4時、彼はゴミ収集車に乗って清掃作業をしていました。選挙後は誰も訪ねて来ないと言われ、当選したら清掃現場の声を聞きに来ると約束していたのです。「朝、食堂に行くと、他の客から匂いがきついと苦情を言われた」「白い目で見られる」という作業員の話を聞いて、クーポン券を使うことで清掃労働者が優先的に入れて食堂も繁盛する仕組みをつくりました。
非正規職を正規職に転換する
次におこなった画期的な政策は非正規職労働者の正規職転換です。第一次の転換は、2012年の5月1日で、1133人を正規職転換しました。対象は、市が直接雇用する労働者と市の出資企業が雇用する労働者です。これら労働者は公務員採用試験を受けていませんから、正規職といっても厳密には公務員ではなく無期契約職です。朴權恵(パク・クネ)大統領は雇用率70%達成のために、時間制労働者を増やし昇給なしの無期契約職を増やしていますが、ソウル市は号俸制を導入した昇給、福利厚生、賞与ありの無期契約職で、公務員に準ずる扱いです。市長は転換者へのオリエンテーションで涙を流しました。というのは、対象業務を5年以上持続する職種に限ったため短期の非正規職を正規職にすることができず、お詫びの涙を流したのです。
その後、12月5日には、第二次正規職転換を実施しました。対象は、人材派遣会社から派遣される清掃・施設管理・警備などの間接雇用労働者、6465人でした。このときは号俸制は適用されていません。とはいえ、65歳定年制と夏と冬の小額賞与を担保したことで、比較的高齢な派遣社員に安定した職場を確保した点は評価できます。ここで注目すべきは、正規職転換により人件費が16%増加したのですが、派遣会社に支払っていた経費が39%減少したために、53億ウォンの予算が削減できたことです。
これを実施した市長の哲学が彼の市政日記にあらわれています。「いつ解雇されるか分からないという不安な気持ちのまま、どうして仕事に情熱を傾けることができるでしょうか。最も厳しい仕事を最も大変な条件の下で行っている労働者に正当な労働の対価を支払うことができなければ、正義を尊ぶ公正な社会とは言えません。今回、私がおこなったことは、極めて当然な労働の常識の見直しであり、社会の基本を回復したことに過ぎないのです。」
さらに、ソウル市が年間3兆ウォンの物品を購買していることを活用し、正規職転換努力をしている民間企業の物品を優先購入するというインセンティブを導入しました。市の購買力を使って正規職転換の波を民間企業へ広げているのです。
青年と退職者が政策パートナー
韓国には、民主労総(KCTU)と韓国労総(FKTU)という二つのナショナルセンターがあります。これと別に階層別労働組合があって、2000年3月に結成された青年ユニオンもそのひとつです。しかし、青年ユニオンに対して韓国雇用労働部は4度、労組設立申請を否認しています。青年ユニオンの規約に求職者も組合員として認めると書かれていて、これが労働組合法に反するという理由です。
全国単位での認定が拒否されるなか、ソウル市は市としてソウル青年ユニオンの労組設立申告を受理し、青年雇用についての協約を締結しました。12人の名誉副市長の一人に青年ユニオンの前委員長を選びました。青年雇用ハブセンターを設置し、市と市出資公社が提携して青年雇用率を上げると約束しています。その後、韓国雇用労働部は青年ユニオンの労組設立申告を受理し、青年ユニオンの合法化も勝ち取っています。
朴元淳市長はソウル市を一番知っているのは市公務員であり退職者であると発言しています。青年に加えて、公務員、労組、退職者のことをソウル市の主体であり政策パートナーとみなしているから、橋下市長と180度違う政策が生まれるのです。
市政方針は「市民が市長」
朴元淳市長は補欠選挙で選ばれたため任期は2年半で、今年6月に再選をめざしています。2011年10月の選挙では、「市民の生活を改善する市長」「市民中心・現場とのコミュニケーション」、これをあわせて「市民が市長だ」というスローガンを掲げました。市長室にはさまざまな椅子が置かれています。在来市場で何十年も商売をしてきたおばあさんの椅子、ソウル市の消防士が休憩時に使っていた椅子など、市民生活がうかがえる椅子を応接室に置いて来客を迎えています。
小中学校の無償給食、市立大学授業料を半額に
彼が選挙で示した三大核心公約は、
①環境に優しい無償給食
②ソウル市立大学の授業料半額
③非正規職の正規職化でした。
2年半前、ソウル市長の補欠選挙がおこなわれたのは無償給食をめぐる論議があったからです。韓国では1987年に民主化運動で制度民主主義を実現した後、広域自治体の教育長を選挙で選ぶ権利を獲得しました。基礎自治体の教育長は広域自治体教育長の任命です。教育長はこの財源を使って予算編成権をもっています。
補欠選挙前、ソウル市の教育長は進歩的な人物で、給食費の無償化を打ち出していました。進歩派は、大韓民国憲法が小中学校を義務教育と定めている以上、給食費も無償化すべきだと主張していました。ところが、教育長の予算権限では小学校の無償化が関の山で中学校まで拡大できないため、市長に財源確保を求めました。前ソウル市長の呉世勲(オ・セフン)市長は給食費無償化はポピュリズムだと言って無償化を拒否しました。さらに、住民投票を提起し、もしソウル市民の過半数が給食費無償化を望むなら自分は辞職するとまで言いました。住民投票の結果、圧倒的多数が給食費の無償化を求めたため呉市長は辞職し、補欠選挙になったのです。そのため、朴市長の公約の第一は給食費無償化でした。
大学授業料の半額政策は、実は李明博(イ・ミョンバク)前大統領の公約でしたが、任期5年間で実現できなかったのです。そこで、朴元淳市長はソウル市立大学の授業料半額を公約に掲げ、市長当選後に実現させています。非正規職の正規職転換と合わせて、3つの公約を選挙後に急いで実現させました。
(講演録ここまで)
わたし自身、恥ずかしながら4月の講演会企画にかかわるまで朴元淳ソウル市長のことは全然知らなかったのですが、この講演会を聴いて、目からうろこ!
本当にやる気があれば、ソウル市のような巨大都市でこういうことができるのですね。
いったんここで明日のお知らせを書きます。
講演録の続きを読みたい方は、お知らせの下に掲載しておきますので、お読みくださいね。
韓国の新自由主義とリベラル
●6月24日(火) 午後6時30分~ エルおおさか7階701会議室
日韓交流ステップアップ講座 第3回
6.4地方選挙後の韓国政治―新自由主義とリベラルのたたかい
講師:金光男さん(在日韓国研究所代表)
6月4日、韓国で全国同時地方選挙がおこなわれました。セウォル号の沈没事故は新自由主義が引き起こした犯罪だという世論が形成されるなかでおこなわれた注目の選挙でした。結果は、朴槿恵政権の与党「セヌリ党」に対して辛口の審判が出されたものの議席の大幅減は免れ、リベラル政策を掲げる大きな野党「新政治民主連合」は広域団体長選挙でわずかに有利な成果を挙げるにとどまりました。
教育監選挙では進歩派が圧勝しましたが、全国の自治体議員選挙では進歩派政党の候補者のほとんどが落選してしまいました。セウォル号事件で朴槿恵政権に対する批判が高まっているとはいえ、韓国民主化運動の歴史からみれば厳しい選挙結果だったといえます。
新自由主義VS平和リベラルの象徴的なたたかいだったソウル市長選挙では、朴元淳・現市長が韓国財閥大株主の鄭夢準氏に勝利して再選を果たしました。朴元淳市長が2年半の任期で成し遂げた実績への評価、さらには選挙運動・選挙スタイルの打ち出し方、ソウル市民の政治意識の変化など、勝利の原因分析を講師の金光男さんに語っていただきます。
韓国の市民社会が政治・選挙にどうコミットしたのか、これからの韓国の保守・革新の政治構図がどうなっていくのか、韓国政治の現在から東アジアの平和リベラル政治の可能性を考えます。
資料代:1000円
主催:東アジア青年交流プロジェクト
easiapt@gmail.com
090-5560-5037
http://easiapt.jimdo.com/
https://www.facebook.com/events/568932559886450/?ref_dashboard_filter=upcoming
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(4/22 講演録続き)
希望ソウル市政計画
朴市長は、選挙の翌年の2012年1月9日には、「市民とともに作る希望ソウル市政運営計画」を発表しています。この計画をつくるため、選挙終了から60余日間のうちに、民間の専門家や実務公務員を集めて、合計74回もの政策ワークショップと検討会を開いています。この運営計画の大見出しは「ソウル市政の最高価値は民主主義」であり、「市民が市長」「ともにつくるソウル」「ともに享受するソウル」というビジョンが掲げられています。
そして、任期内に達成する市政目標を5つ設けています。
①堂々と享受できる福祉
②ともに豊かになる経済
③ともに創造する文化、④安全で持続可能な都市
⑤市民が主体になる市政
です。福祉は恩恵ではなく権利だという政治哲学が特徴です。
市民が参加する市政、脆弱層に温かい配慮
具体的に市民が主体の市政とは何かということですが、2012年5月22日に公布された「参与予算制運営条例」で市民の予算編成権を導入しています。ソウル市の年間予算22兆ウォン(約2兆2千億円)の一部に、公募と推薦で選ばれたソウル市民の議論によって決定される予算枠を設定しています。
福祉の権利においては、社会福祉予算を2011年の24%から2014年には30%にすると約束して達成しています。福祉を充実させた代表的な例は、永登浦という日雇い労働者のバラック群のリノベーションです。暖房や断熱施設など住環境を改善する工事をおこなう間、高架下にコンテナを使った臨時住居施設をつくり、芸術家たちに才能の無料提供を呼びかけコンテナを鮮やかに彩らせました。朴元淳市長は、「この状態は憲法に規定された人間が尊厳を持って暮らせる住環境ではない」「地方自治体はこのような住環境を改善する義務がある」と述べています。
環境と歴史性の回復
歴史都市の復元にも熱心です。2015年までに李氏朝鮮時代の漢陽(ハニャン)の城郭都市を復元するとしています。五百数十年つづいた李氏朝鮮時代には、東大門、南大門、西大門、それに連なる城郭がありましたが、日本の植民地時代に道路工事などのために破壊されてしまいました。これを復元してユネスコ文化遺産登録して、首都に観光スポットを創出し、休息のためのカフェを街中につくり、カフェには社会的企業体を優先的に誘致するという計画です。現在でも、地下鉄の通路空間を有効活用してシングルマザーが物品販売やカフェを営業してソウル市が補助金を出していますが、同様の手法を歴史都市の街中カフェでもやろうとしています。
そして、なんといっても画期的な環境政策は原発1基分、100万kwのエネルギーを任期内に削減するという総合対策です。ソウルを走るバスの車体には「原発1基分減らす!」と書かれています。そしていま98万kw削減に成功しています。これが重要なのは、大量消費地での電力削減、再生可能エネルギーの拡大をめざしていることです。太陽光発電を導入することで現在2.8%の電力自給率を2014年に8%にして、2020年には20%まで引き上げる目標を出しています。
環境対策として、地下鉄・バスなどの公共交通機関を拡充して、2030年までに自家用車を持たない人がソウル市のどこにでも行けるようにする計画も打ち出しています。歩道を現在の2倍に拡幅して、公共自転車の利用を進める予定です。
徹底した現場とのコミュニケーション
朴元淳市長は、一週間に1日、現場市長室をつくりました。一日中そこにいます。住民が抱えている問題について、怒鳴られながら、専門家と公務員を連れて行き一緒にどうするかを考えます。それが彼の政治スタイルなのです。「聴策」というワークショップを開催しているのですが、韓国語で「聴策」と「政策」はほぼ同じ発音です。だから彼は「政策」という言葉を使わず「聴策」と言っています。現場市長室での、市民と専門家集団とソウル市行政による議論は、1年間で39回、累計5200人の住民が参加しました。
現場市長室の議論で動いた事例に清渓川の復元工事があります。かつて朴正熙(パク・チョンヒ)大統領時代、清渓川にコンクリートで蓋をして高架道路を通したのですが、李明博・前大統領が市長時代に高架を撤去して川の流れを復元させていました。景色が変わり、風が通り、市民も休息することができるようになりましたから一般的には成功事例であると語られました。
ところが、朴元淳市長が設置した市民委員会は「やり直し」という結論を出しました。なぜかというと、李前大統領の清渓川復元は漢江からポンプで水を汲み上げて流れをつくったものでした。当然、膨大な電気代がかかっていました。そしてコンクリートの川底に水を流したことで藻が異常発生して、除去作業に人手が必要になっていました。李氏朝鮮時代の伝統的な橋も道路の幅に合わないという理由で撤去されていました。だから市民委員会は「工事のやり直し」という結論を出したのです。ただ、工事のやり直しにはかつての何倍もの予算がかかるため、ソウル市はまだ結論を出していません。
朴市長は、
「地方自治体の首長は自分の任期内に手柄を上げようとしてはならない」
と述べて、かつての復元事業を批判しています。
開かれたソウル市政
呉・前ソウル市長が建てたデザインプラザやソウル市庁舎は現代的な建物ですが、景福宮とあまりにも不釣合いで、五百数十年の歴史都市をアピールするには似合いません。朴市長ははじめソウル市役所に入らず市庁舎を賃貸に売り出すと言いました。議会が反対したので、入る代わりに、地下1階と地下2階を完全に市民に開放することを条件にしました。この地下階は「ソウル市民庁」と呼ばれています。毎週土曜日には「発言台」が設置され、そこで市民が訴えた内容は録画され、公務員がその中身を整理して担当部署に送り、市民に回答しています。
橋下市長は悪口を言うためにツイッターを使っていますが、ソウル市はSMC(ソーシャルメディアセンター)を設置して、市長のツイッターに対する市民の意見や苦情を処理して、それへの行政の回答を公開して透明化することをしています。画期的なのは、2012年12月にはじまった「ヌードプロジェクト」です。前市長時代に税金の無駄遣いだといわれ社会問題化した7大事業の文書、約1万2000ページすべてを公開しました。現市政になって2013年からは局長級決済文書のすべて、2014年からは課長級決済文書をすべて公開しています。
マウル共同体と地方自治の哲学
「マウル」は村とか町と訳してもいい言葉です。朴元淳市長は、ソウル市に2千数百のマウルをつくり、その地域のことは住民が議論してつくりあげ、討論過程に市の実務者が関わり、市が若干の補助金を出すという地方自治の哲学を持っています。
そのルーツになったのが、ソンミ村共同体です。ソウルの麻浦区に小高い丘があります。かつて社会インフラがなかったこの地域に移り住んだ若い夫婦らが、共同保育所をつくることからはじめました。いまや6000世帯が加入する生活協同組合があり、コープで雇用を生み出したり、文化劇場をつくったり、ブックカフェで人文学の授業をしたりしています。
朴元淳ソウル市長の人物像
朴元淳ソウル市長は、1953年に慶尚南道の昌寧で生まれて、名門の京畿高校を卒業、ソウル大学で学生運動をしたことで除籍され、檀国大学に移って卒業、80年に司法試験に合格して大邱地検検事を経たのち弁護士登録をして以後、人権弁護士として活動します。済州島の四三事件調査報告書も作成しています。
ロンドン大学やハーバード大学にも留学し、帰国後の95年に参与連帯を結成、初代事務局長に就きます。その後、「美しい財団」というシンクタンクや「美しい店」という社会企業体をつくるNGOの常任理事を務めます。06年には「希望製作所」というシンクタンクをつくり、11年の補欠選挙でソウル市長になりました。
市民による予備選挙で市長候補に選出
朴市長は、現在は「新政治民主連合」の党籍を持っていますが、補欠選挙のときには無所属でした。日本では首長選挙はほとんど無所属ですが、韓国では無所属でソウル市長になった候補者は初めてです。それには理由があります。補欠選挙で、第一野党の民主党も統合進歩党も候補者を出すなか、彼は市民運動出身者として立候補しました。それが、国民の世論調査とTV討論による予備選挙を経て、野圏(野党)の統一候補になったわけです。有権者にしてみたら候補者になるまでの過程が透明でした。そして、選挙キャンプには、市民団体、民主党、統合進歩党の三者が参加していました。
6・4統一地方選挙をめぐる状況
日本と韓国の地方選挙には制度上の大きな違いがあります。今回の韓国の地方選挙では、1人7票の投票権を持っています。まず、17ある広域自治体(道、特別市、広域市)の首長と議員で2票、234ある基礎自治体(市、郡、自治区)の首長と議員で2票、それから広域自治体議会と基礎自治体議会には比例代表制度があるので、それぞれで2票、最後に広域自治体の教育長で1票。全部で7票です。
6月4日の投票日は平日ですが、法定休業日です。ただし、公務員や大企業は休業日になりますが、民間企業の多くは休業日にならないため、民主労総は法定休業の徹底化を要求しています。韓国の投票権は満19歳以上の国民に与えられます。それから、満19歳以上で、永住権取得後3年以上が経過した外国人も投票できます。
この統一地方選挙には、朴槿恵政権に対する第1次評価という特徴と、次期大統領選挙の前哨戦という大きな特徴があります。与党セヌリ党では今回の選挙の貢献度で有力な次期大統領選候補者の輪郭が浮上します。野党は、民主党と統合して新政治民主連合を結党した無所属議員の安哲秀(アン・チョルス)党共同代表が、選挙結果いかんで次期大統領選挙に立候補できるかどうかが占われます。
この選挙で大きな議論になっているのが基礎自治団体挙での政党公認制廃止をめぐる対立です。2011年の大統領選挙で与党も野党も基礎自治体選挙では政党公認制を廃止することを公約に掲げました。地方自治の価値中立性を担保する目的と、中央政治への従属を回避する目的と、政党公認をめぐる金銭のやり取りで不正が起こるのを防止するための提案でした。基礎自治体選挙での政党公認制廃止を最も重視したのが、「新しい政治」を掲げる安哲秀代表でした。民主党と合流するときにも両党間で合意していたため、新政治民主連合は基礎自治体の政党公認を廃止しています。一方、セヌリ党は当初の公約に反して、政党公認制を継続させました。
有権者からしてみたら、誰がセヌリ党の候補者かはわかるが、無所属候補者の乱立で誰が新政治民主連合の候補者かがわからないのです。敗北論が拡散したため、新政治民主連合は4月に政党公認制廃止を撤回して、この問題では「約束政治」より「現実政治」を選択しました。党員投票や世論調査では公認賛成が53%で公認反対が47%でした。
京畿道知事選挙でバス無償化の動き
京畿道知事選挙の予備選挙に、金相坤(キム・サンゴン)予備候補者が出るというので注目されています。韓国の道知事選挙には予備選挙があって、選挙カーを走らせることはできませんが、選挙事務所などにポスターを貼ることができます。彼は、「民主化のための全国教授協議会」会長を務めて、京畿道教育長として2010年に小中学校の給食無償化を実現させ、学生人権条例を制定し、教員の雑務削減のために教育行政士という役職をつくりました。
さらに革新学校を設立しました。比較的所得の低い地域から認定していくのですが、核心学校の申請が認められると学校予算が増額され、教育課程の30%を学校が独自に定められます。当初学力テストの点数は下がりましたが、3年経ってトップになっています。もちろん教職員組合はじめ学力テストによる偏差値評価に反対の声がありますが、予算を確保してカリキュラムの自主性を認めることが成績向上にもつながるとの結果を出しています。
こうした改革をした金相坤教育長が京畿道知事選挙に出馬予定で、2015年からの公共バス無償化を公約に掲げています。まずは、高齢者、障がい者、小中学生の運賃を無償化して、段階的に拡大すると言っています。一方、新政治民主連合から予備選挙に名乗りを上げている元恵栄(ウォン・ヘヨン)予備候補は、京畿交通公社を設立してバスの公営化を実現すると訴えています。元・予備候補は、新政治民主連合の広域自治体長候補はバス無償化もしくは公営化を統一公約にしようとの提案もしています。これはまだ議論の過程です。
新政治民主連合の6・4統一地方選の公約第一号は、生活賃金制の実現です。韓国の最低賃金は5210ウォンです。これを50%引き上げて人間が最低の文化的生活を送れるようにしようというのが公約の第一号です。
ソウル市長選挙の行方
朴元淳市長はいま危機です。韓国現代財閥創始者の子息である鄭夢準(チョン・モンジュン)候補がセヌリ党の最有力候補です。一番直近の世論調査では誤差範囲ですが、朴市長が負けています。なぜこれほどの実績を残した市長が負けているのか。ソウルで聞いてきたことをまとめると、一つはセヌリ党の候補者は毎日アピール活動をしているためにマスコミの露出度が高くなっていること、もう一つは漢江の南(江南)に住む富裕層が都市の再開発に反対の朴市長が大嫌いだからということでした。
朴市長は住民に立ち退きを迫る再開発を止めるため、所有者と居住者の同意がなければ再開発は認めないという条例をつくりました。そのため再開発はピタッと止まり、地価が下がりました。投機目的で江南のマンションを購入していた富裕層がこれに反発しています。されに言えば、鄭夢準が市長になればソウル市が経済発展して自分たちの生活も楽になると考える庶民もいます。人間が持つこの二重性を否定することはできません。
朴市長が当選した冬、彼は野宿者が越冬死しないよう支援に奔走しましたが、一人の死者を出してしまいました。彼はそのことを心から謝罪し、いまソウル市内の野宿者には定期的な健康診断をおこない社会復帰のための企業協力を募っています。ウェスティン・チョソン・ホテルでは、野宿者を採用した事例も出ています。
2012年の年頭言で、朴市長は中国の後漢書を引いて、「水能船 亦可覆船」と訴えました。水は市民です。船は市長です。市民は船を浮かべることもできれば、転覆させることもできるということです。彼の政治姿勢をあらわす印象深い言葉です。いまソウルには、こうした市長がいることを皆さんに紹介したいと思います。
(おわり)
お疲れ様でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。